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アーカイブス 長嶋監督グラフティ

本コンテンツは2001年に作成された 長嶋監督のメモリアル特集コンテンツです。
コンテンツ内の写真はすべて報知新聞社より提供いただいたものです。

  • 第1期政権時代(1975年~1980年)
  • 第2期政権時代(1993年~2001年)

第2期政権時代(1993年~2001年) Play Back 1994

「オーラスの一番。国民的行事ですからね」

12年ぶりの監督復帰

92年10月、「もう一度恩返しする気持ち」と言って監督にカムバック。12年間の浪人生活を経て、93年から第2期政権をスタートした。

球史に残る首位決戦

94年の10月6日、中日との同率首位決戦を前に、「国民的行事ですからね」の名セリフを残した。野球ファンだけでなく、全国民の関心の対象としてしまうところが長嶋監督らしい。

そして10月8日、ナゴヤ球場でみごとリーグ優勝。

後半戦、投手陣のくずれにより広島、中日に追い立てられた苦しいシーズンを勝利の笑顔で締めくくった。

長嶋巨人を象徴する攻撃ぶりと槙原、斉藤、桑田の投手リレーが話題を呼び、「10・8」はまさに球史に残る試合となった。

94年10月8日、史上初の同率首位決戦で中日を6-3で下し、リーグVを達成。「監督を男にしたかった」と残した落合はソロホームランで先制。監督とともに優勝の喜びを分かち合った。

「監督みょうりにつきます」

初めての日本一!

3度目の日本シリーズ挑戦で、西武を3-1で下して初めての日本一に。「本当にうれしいです。監督みょうりにつきるとは、このことではないでしょうか」と喜びを語った長嶋監督。80年の解任会見で「男のケジメ」と言った言葉が、この時、真のケジメとなった。データやセオリーにとらわれない「カンピュータ采配」が冴えたシリーズだった。

94年10月8日、史上初の同率首位決戦で中日を6-3で下し、リーグVを達成。「監督を男にしたかった」と残した落合はソロホームランで先制。監督とともに優勝の喜びを分かち合った。

第2期政権時代(1993年~2001年) Play Back 1996

「ロケットは不発に終わりました。フロリダ沖に消えました」

ロケットスタート失敗

開幕直前から、世に言う"ロケット・ダッシュ"宣言をしていた長嶋巨人。しかし、外国人選手の不振、投手陣の不調などから予想外の出遅れ。96年4月25日、ロケットスタートの失敗をこのセリフに例えた。

「松井が40本打つようなミラクルが起こる。2年越しのメークドラマが実現するでしょう」

メークドラマ発言!

7月6日には首位との差が11.5ゲームとなり、逆転優勝は無理かと思われた。しかし、7月中旬から驚異的な快進撃を見せる長嶋巨人。7月16日、中日戦の試合前にホームラン20号を達成した松井に期待し、メークドラマ発言をした。

96年7月16日、ホームラン20号を達成した松井選手。この時から逆転勝利にかけるメークドラマが始まった。

「勝負ことは計算どおりに行きませんよ」

奇跡の逆転優勝

8月20日にはついに首位に立ち、この言葉を残した。そして、10月6日、メークドラマの発言どおり、ついに奇跡の逆転優勝を果たした。優勝が決まったとき「何が起こるかわからないから、とあきらめなかった」の言葉を残し、多くのファンに夢と希望と勇気を与えた。

流行語大賞

日本シリーズではオリックス"仰木マジック"に敗れ、「敗軍の将、兵を語らず・・・」と言い残したが、この年話題を呼んだ「メークドラマ」が流行語大賞に選ばれた。

96年10月6日、逆転優勝を果たし、メークドラマが完成。セリーグ史上最大の逆転劇をやってのけた。

第2期政権時代(1993年~2001年) Play Back 2000

「これほど話題になるとは思わなくて」

背番号「3」の復活

2000年、長嶋監督の話題はオフから始まった。FA宣言をしていた江藤の加入で永久欠番「3」が復活。2月12日の宮崎キャンプにて、江藤への個人ノッ クの際にジャンパーを初めて脱ぎ、26年ぶりに背番号「3」を披露した。集まった報道陣、ファンの多さにこのセリフを発言。

2000年2月12日、背番号「3」を披露し、宮崎運動公園に押し寄せた5万5000人のファンを大いに喜ばせた。

「長嶋茂雄は節目の年に強いんです。世紀末のON決戦はふさわしいじゃないですか」

5度目のリーグV

節目の年に強いことを言い当てた長嶋監督。6月下旬、王ダイエーがパ・リーグの首位を独走していることが話題になってこの発言となった。

そして、自ら獲得した江藤を始め、松井、清原、高橋らの活躍で、20世紀最後の2000シーズン、みごとリーグ優勝を果たした。

2000年9月24日、リーグV決定。背番号「3」が宙に舞う。

「世紀末の中で野球界最高の舞台」

ON対決を制す

20世紀最後の日本シリーズで「ON対決」が実現し、日本国民の話題となった。2000年10月21日、その頂上決戦を前にこのセリフを語った長嶋監督。 10月28日ついに日本一に輝き、20世紀を締めくくる最高の笑顔で「われわれジャイアンツが勝ったことは、21世紀へ向けていい橋渡しができたと思いま す」と語った。

かつての仲間ONが、この日本シリーズで対決。
20世紀最後の主役は長嶋監督となった。

第2期政権時代(1993年~2001年) Play Back 2001

「野球とは人生そのもの」 「今の気持ちは、今日の天気のように晴れ晴れしております」

爽やかな退任会見

V2をめざしてスタートを切ったが、優勝には至らなかった2001年。「シーズン終了をもって、巨人の監督を退任いたします」と記者会見にのぞんだ長嶋監 督。ドラマチックな人生そのまま、世間を驚かせる引き際だった。その時に残した名セリフは、ファンの心に深く残るものとなった。

2001年9月28日。「野球とは人生そのもの」と残した退任記者会見。新しい時代を担う原新監督へバトンタッチした。
東京ドーム最終試合

長嶋監督にとって東京ドームでの最終試合となった9月30日。選手に「ありがとう!」と言葉をかけてねぎらった。9回の選手交代では、監督とともに引退を発表した槙原、斉藤へボールを手渡し、最後の投球を見守った。

2001年9月30日、この日で現役を引退する槙原、村田、
斉藤を他のナインとともにねぎらう監督。

「わが巨人軍を愛していただき、さらに球界発展のためにご支援を賜れば幸いでございます」

笑顔の退任セレモニー

この日、最後の別れと感謝のために東京ドームに集まった5万5000人のファンに、退任の挨拶をする長嶋監督。日本国民に愛された「ミスタージャイアン ツ」「ミスタープロ野球」は、最後まで爽やかな笑顔を絶やさず、ファンに感謝の気持ちを表わした。そして、21世紀の発展を託して新しい指揮官・原新監督 へバトンを手渡した――。

「全国のプロ野球ファンの皆様。本当にありがとうございました」
9月30日、東京ドームに集まったファンに笑顔で手を振る長嶋監督。
  • 第1期政権時代(1975年~1980年)
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