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2年目のジンクスをはね除け、飛躍の年となった82年。6月4日、広島戦でプロ入り初、伝統・巨人の第48代の4番打者になり、この年、勝利打点王(14)を獲得。 |
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![]() 「ここ一番で打てる選手になりたい」との決意どおり、ファンの期待に応える活躍ぶりを見せた83年。10月には打点王(103打点)、2年連続(2度目)の最多勝利打点王(20)を獲得。さらに同年11月9日には、初の3割(3割2厘)、32本塁打でセ・リーグ最優秀選手賞(MVP)を獲得。また、3塁手で初のベストナインに選ばれ、4番打者として名実ともに巨人の大黒柱となった。 ![]() 88年4月9日のヤクルト戦で、東京ドーム初本塁打を放つ。その一発が満塁ホームランとなっただけに、その日集まった超満員のファンを総立ちさせるほど沸かせた。 89年10月26日、歴史的な一戦となった日本シリーズ、対近鉄5戦。第1戦から18打席無安打だった原が名誉挽回の満塁ホームランを放ち、巨人が波に乗る。日本シリーズでは0-3から逆転V、8年ぶり17度目の日本一に輝いた。 |
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90年4月、左脇腹肉離れで約1ヶ月戦線離脱したが、6月3日の広島戦では大野からドーム天井を直撃する大アーチを放ちファンを沸かせた。ファウルになったがウィリアムス(阪急)以来2人目の快挙。91年のキャンプでもケガに見舞われるが、4月13日の広島戦では王・長嶋に次いで4番打者として200本目の本塁打を記録。 |
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![]() 95年10月8日 広島戦、最終戦で東京ドームの左中間に豪快なお別れアーチを放って現役を引退。セレモニーでは長嶋監督との熱き包容の後、涙をこらえながら超満員の観衆に別れを告げた。生涯ホームランは382本(歴代15位。巨人生え抜きの選手では王、長嶋に次いで3位)。だが、永遠の若大将の夢はここで終わらなかった・・・。 |
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