後楽園ホールアーカイブス

後楽園ホールの格闘史(~2009年)

1990年~1999年

ボクシング プロレス
1995年 12月11日 WBC世界フェザー級タイトルマッチでルイシト小泉(比国)が挑戦者マヌエル・メディナ(メキシコ)に判定勝ち。のちにS.フェザー級タイトルも獲得し、2階級を制覇した。
1995年4月15日
長与千種率いるGAEA JAPANが後楽園ホールで旗揚げされた。
12月19日 日本ボクシング史上、もっとも偉大な出来事と言われたWBA世界ミドル級タイトルマッチが行われた。WBA王者ホルヘ・カストロ(亜)に竹原慎二は最後までひるむことなく応戦。文句なく判定勝ちし、見事に偉業を達成した。
1996年 3月18日 無傷の15連勝、10連続KOでスターダムに駆け上った畑山隆則が、初めてのタイトルに挑戦した東洋太平洋J.ライト級王座決定戦。韓国の崔重七と対戦し、一気にTKOに追い込んで王座を獲得。2年後、畑山はWBA世界S.フェザー級王座、2000年にはWBA世界ライト級王座も獲得し、2階級制覇を成し遂げた。
1996年9月26日
ジャイアント馬場、デビュー36周年記念試合が行われた。
12月9日 ホール最大の人気者のひとり、コウジ有沢対過去2度世界挑戦の実績を持つ竹田益朗との一戦も打ちつ打たれつの壮絶な戦いになる。竹田のシャープなパンチに何度も窮地に立たされた有沢だったが、9回に右ストレートが炸裂し、勝利を手に入れた。
1997年 6月16日 10度目の防衛戦となる日本ライト級王者で米軍兵のリック吉村が、カズ有沢と対決。J.ライト級日本王者のコウジと双子のカズは、リックの繊細に組み立てられたボクシングに歯が立たず、3回、強打を浴びてTKOに。
1997年4月
元オリンピック選手の小川直也がプロ格闘家に転向、新日本に殴り込む。
1998年 2月24日 日本ストロー級チャンピオンの星野敬太郎は、鈴木誠を相手に3度目の防衛戦を行い、9回TKO勝ちする。星野はこの後、目標を見失って一度は引退したが、カムバックして2000年12月に世界王座に輝いた。初防衛戦で敗れるも2002年1月に奪還。
1998年1月23日
ジャイアント馬場、還暦記念試合が行われた。
1998年
アントニオ猪木、長州力が現役を引退する。99年2月前田日明、同年3月ジャンボ鶴田が引退。
1999年 3月6日 サウスポーのセレス小林は保持する日本フライ級王座をプロ3戦目の石原英康と争ったが、キャリアの差で試合を完全にコントロール。7回、スタミナを失った石原に、連打を集めてそのままTKO勝ち。
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  • 写真提供:東京ドーム/ボクシング・マガジン
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