後楽園ホールアーカイブス

ザ・インタビュー

神取忍 「何度やっても後楽園ホールの試合は独特の緊張感がある」 人呼んで”ミスター女子プロレス”!性別すらも軽々と越えて”強さ”を体現して見せる神取忍さん。批判と偏見にさらされながらも、女子プロレスの歴史を更新し続けてきた問題児にして革命家。そのルーツは16年前の後楽園ホールにあった――。

いつも考えてたのは、女子プロレス界の枠を壊したいってこと

お客さんの存在を近くに感じる 見る側としても特別な会場。私も見ているだけで緊張する。選手とお客さんの一体感は。後楽園ホールが群を抜いているよ。

今までで印象に残っている試合というと……。例のジャッキーさんとの試合。[※87年7月18日、かねてから遺恨のあったジャッキー佐藤と対戦した神取は、相手の顔面へパンチを叩き込んで戦意喪失に追い込んだ上、アームロックで負傷させる。プロレスの範疇を超えた試合内容は"ケンカマッチ"、"制裁"と呼ばれた]今の時代だったらなんてことないんだよ(笑)。バーリ・トゥードがあるんだからさ。顔が腫れただの関節技でケガしただのは普通だもんね。ま、ちょっと時代の先端を行きすぎたかな(笑)。

で、ホントにバーリ・トゥードをやっちゃったのがLLPW主催の『L-1』。女子のバーリ・トゥード大会は世界でも初めてだったんだよね。あの時も言われたんだよ、「女子にはできっこない。危険すぎる」と。でもやったからね、私もほかの選手も。金網の中で顔面ボッコボコに殴り合って、首絞めて、関節極めてね。ファンもマスコミも驚いてたけど、私としては「してやったり」だよ。1回戦と準決勝はタックルからのスリーパーでセオリーどおりに勝ったんだけど、決勝で(体重120キロ、バルセロナ五輪ベスト8の柔道家、グンダレンコ・スベトラーナに)負けて、私自身は精神的にダメージが大きかったけどね。世界中から一流の選手を集めたから、会社の採算的にも大ダメージになったんだ(笑)。

あとは天龍(源一郎)さんとの試合。ミックスト(男女混合)マッチをエキシビジョンじゃなくて公式戦でやってるから。しかも私がやると全然違和感がない(笑)。闘うのに男も女も関係ないからさ、私は全力で向かっていった。天龍さんもそれに応えてガンガンきてくれてね。グーで殴られて、顔面も蹴っとばされて、顔が三倍くらいに腫れちゃってさぁ。最後はタオル投入でTKO負け。でも逆に「男でもあそこまで激しい試合はしないだろう」って言われて、怖いものがなくなったよ。相手は馬場さん猪木さんの両方からフォール勝ちした唯一の選手だもん。得るものは大きかったよね。
 「やっぱり上には上がいるなぁ」と。男と同じ基準で強さを考える女子の選手はいないって? そう言われればそうだね(笑)。でも私はプロ入りした時から、男子プロレスを意識してきたんだ。女子プロレスを参考にしたら、それを超えられなくなっちゃうでしょ。「女子プロに入ったんだから女子プロ見なきゃダメだよ」なんて言われたけど、大きなお世話だって、そんなもん。

いつも思ってたのは、女子プロレスの枠を壊したいっていうこと。特に強さの追求っていう意識は、ほかの女子プロレスラーよりもあると思うよ。もともと柔道出身ってこともあるし、最初に「プロとは何ぞや」というのを教わったのが新日本プロレスの山本小鉄さんだったから。新日本プロレスは"キング・オブ・スポーツ"の看板を掲げてきた団体でしょ。私も当然「プロレスラーは一番強くなくちゃいけない」という意識を持ったし。それが、後に藤原(喜明)さんに関節技を教わったことにも繋がっていくんだろうね。

みんなと違うことをやってるから、もちろん批判はあるでしょ。「女子プロレスはそういうもんじゃないだろう」ってね。たしかに女子プロレスは、普通のスポーツとは違う世界。プロレス界に入った時、「なんだこの世界は!?」って思ったもん(笑)。そんな中で「自分は自分」と思いながらやってきたから"場外乱闘"は多かったよね、試合以外での(笑)。フリー宣言したのも業界初だったしね。団体と自分で交渉して、試合とかギャラを決めるの。そりゃ騒がれたし、問題児と思われたけど、ほかのスポーツの世界じゃ当たり前のことだからね。